経済同好会新聞 第161号「失われた三十年」
失われた三十年
国の借金デマ、人質と化した国民
この有事であろうと、国の借金というデマで救える命を救わず、企業や個人商店の救済もしない。医療現場は常に逼迫と緊張を強いられ、コロナ患者を受け入れる病院は赤字になるという、本末転倒の事態が起きている。この病院の赤字を補てんするのにも、政府は「自助・共助」を求めるのか。公助の出番ではないのか。
公助に動かない政府は、やはり「国の借金」がネックになっている。「国の借金が膨れると将来世代にツケを残す!」という理屈がそうさせるのだ。そもそも、国の借金とは国民が背負う借金ではなく、政府の借金だ。
国の借金デマを吹聴する御用学者の論法を借りて言えば、常に将来世代が人質とされ、現世代は救われないことになる。彼らの悪質な点は、現世代を完全に無視し、更に、日本は英国や米国同様の自国通貨建てであることについて触れないことだ。なぜか?財政破綻すると言えなくなるからだ。
日本は財政破綻のリスクはない、つまり、将来世代のツケはないということを意味している。加えて、財政健全化もする必要がないのだ。財政健全化が必要な場合は、日本が外貨を借り入れた時にのみ必要になるが、戦後復興の際に借りたドルは既に完済しているため、財政は常に健全なのだ。
(関連記事:当新聞第129号で掲載した「妥協 人質論法の蔓延」)
逃げ続ける御用経済学者
国の借金デマが前提となった御用経済学者の見解を鵜呑みにしているのが、我が国の政治家だ。実は既に否定された論文に基づき、日本の財政健全化を訴えているのが御用学者の異常さである。
とにかく自説を曲げたくないため、財政破綻する!将来世代のツケが!と煽るのだ。 企業倒産やリストラによって困窮する国民や、将来不安から自殺する人、医療現場が疲弊するという現実。「国の借金」というデマにより、政府はお金を出し渋るために、現実のようなことが起きてしまうのだ。
現実を見れば、どうすれば良いか自分の頭で考え、情報を集めて公助に動くことが政治というものだろう。
結論ありき
国の借金デマで緊縮財政を執るようになってから、もう三十年になる。政府はお金を極力最小限に絞り支出する前提で予算を組むため、方便として「無駄の削減」と言い予算も削る。
無駄ではないものを無駄だと断じた結果、地方は衰退し、科学は凋落。国の借金(政府の借金)を減らすことが目的になり、課税を繰り返して貧困化。
民営化は公助を削るための施策。その結果、公務員が減りサービスの質が落ちているではないか。公務員のブラック企業化が進んでいる実態は知らないでは済まない。
この三十年、政治家達は何を見てきたのか。何を学んできたのか。政商や御用学者の言動や提言に飛びつくだけで、偉くなったつもりなのではないのか。
政府がお金を出し渋る前提で、現実が推移しているではないか。政治家は嘘をついても、現実は嘘をつけない。現実を見よ!