「経世済民」同好会  -HatenaBlog支部-

経済とはそもそも略語であり正しくは「経世済民」と言います。それは「世よを經をさめ、民たみを濟すくふ」つまり、民を救うことが含まれます。「経済」とは私たちが救われてこそなのです。 経済成長のために私たちが犠牲を払うことはないのです。そんなことを様々な角度から訴えていこうという有志による同好会です。記事は複数人がそれぞれ好きなように書くスタイルです。

経済同好会新聞 第401号 「インフレの目的化?」

インフレの目的化?

インフレの目的化?

インフレの目的化?

経済の安定と雇用の安定を

 インフレと国債発行残高は無関係であるが、政府が予算を決定するためにインフレ率2%前提にいくらまで支出できるとするのは矛盾している。政府の支出額とインフレ率をひも付ける意味がないのは、インフレ時に政府が支出して供給力を高めようとすれば、インフレは抑制されるからである。
 また、実物資源を毀損しない前提と経済の安定のために支出することこそ必要であって、長年の経済停滞により毀損されたものを再び復活させるためには、支出額云々(でんでん)は逆に予算額によって縛られてしまう。財政赤字に問題がないとする立場ならなおのこと、インフレ率を目的にすることはない。インフレ自体を注視することと、インフレ率を目的にすることとはまるで話が違うのだから。
 いわゆるリフレ派である御用学者は適度なインフレを起こすことで景気を良くするとしており、これが広まった経緯もあって、インフレ目標としてインフレ率2%という指標が出て来た。本来ならば、前号でも述べているが、自動安定化装置を働かせ経済の安定化を図るべきであり、物価の安定と雇用の安定化を実現させる。したがって、インフレ率を目標にする必要がないことはおろか、景気を刺激するための支出をすら必要がなくなる。経済の安定化と雇用の安定化自体が景気を良くするものだからだ。
 当然のことながら、経済の安定と安全には社会インフラの投資は必須であり、これもまた「結果的に」経済成長に寄与する。社会インフラや安全保障には永続的に支出していかねばならず、それには継承も必要なのだ。

 

前提の置き方

 インフレ率2%を目標に置くことで経済を刺激するのか、経済の安定と安全を前提に置くとでは話が違ってくる。前者は不安定であるが、後者は安定的だ。前提の置き方で考え方と分析の仕方も変わってくる。インフレ率2%という指標は、あたかもインフレは良いものであると錯覚させるため、インフレ自体が目的化する。「インフレ=好景気」とはならないことは、昨今の状況を見ればご承知の通りであろう。
 この数十年の長期停滞で行うべきは、経済を安定させること。これだけでも景気を刺激させることは論をまたない。
 インフレターゲットとは元々、インフレを抑制するためのものだった。他の記事でも述べているが、消費税はインフレ率に乗る。そのため、消費税率を上げていけばインフレ率2%は達成されるだろう。滅茶苦茶だと思われるが、誰が消費増税を欲しているかよくよく観察されたい。経団連ではないのか。
 海外の経済学者が日本経済を「低インフレ」だと分析しているがこれは正しい。消費税はインフレ率に乗るが、同時にデフレ圧力をかけ続ける。不景気だがインフレという次第だ。これはコロナが到来する前の話だ。
 これに加え、物価上昇の目標に然り、物価だけ上昇し賃金が上昇しないことが起きてきた。大切なのは、物価上昇率ではない、賃金上昇である。  構造改革に然り、何重にも我が国をダメにしてきた。賃金が上がらないようにし、株主が儲かるようにしてきた。

 財政拡大は必要だ。ただし、このままの構造を放置したままでは大手企業の「過去最高益」というニュースになるだけで賃金は上昇しないだろう。

 

 


 

ツェリ子様
物価上昇+消費税に無頓着な政治