「経世済民」同好会  -HatenaBlog支部-

経済とはそもそも略語であり正しくは「経世済民」と言います。それは「世よを經をさめ、民たみを濟すくふ」つまり、民を救うことが含まれます。「経済」とは私たちが救われてこそなのです。 経済成長のために私たちが犠牲を払うことはないのです。そんなことを様々な角度から訴えていこうという有志による同好会です。記事は複数人がそれぞれ好きなように書くスタイルです。

経済同好会新聞 第429号 「展望なき現代は危険」

展望なき現代は危険

展望なき現代は危険

展望なき現代は危険

歯車が狂い続けるワケ

 グローバリズムが賞賛されてきてからというもの、人々は何を大切にし何に向かって生きていけば良いのか理解することがなくなった。そもそも、子供達がそのような教育を受けるわけでもなく、親も教師も理解していないのだ。
 国境を越えた「人・物・金」の急速な動きは、欧州を自殺に追いやった。見た目はヨーロッパ然りとしているが、文化の希薄化や移民が増えたことで「自分達の国」とは思えなくなっている。当然のことながら、異文化同士の衝突も起きる。知識人は移民を慮るあまり、自国民に他国の文化を学ばせ許容させようとする暴挙までやってのける。移民の要求が大きくなれば、自国民が我慢を強いられることは論をまたない。そして文化まで希薄化するだろう。移民の文化が根付いてこれが常識となれば、自国の文化は淘汰されかねず、これは異文化共生の弊害だ。そのような意味では異文化交流は他国の文化を侵害せずに、交流によって学ぶことも楽しむことも可能だ。この違いは非常に大きい。
 現代はインターネットの普及やAIの技術が発達したことにより、スマートフォン等のコンパクトな機器で色々やれることが増えた。大昔の人が見れば、まるで映画の世界だろう。ところが、これは表面上のことであって、実は弊害もでている。むしろ、深刻な弊害と言うべき代物だ。それは何か。冒頭でも述べたが何を大切にして、何に向かって生きて行けば良いのか理解する人がいなくなっていることなのだ。即ち、物事に対する価値観の希薄化と、物事の分別がつけられなくなったことが大きい。これに伴い、秩序とモラルの乱れが深刻化している。グローバル化の弊害とも言えるのだ。

 

弊害は金の亡者を生んだ

 秩序とモラルが崩壊していくに従い、自由と金を欲する者が優位に立つようになる。それは優位に立つ者 の価値観によって人々は動かされることを意味し、搾取の対象となる。グローバル市場で文明の進歩等とい うのは、それら優位に立つ者達の方便であって、実態は富への渇望が彼らを動かしている。そのためには諸外国の政治を動かし、グローバル企業に都合の良いものに制度を変更させるのだ。したがって規制は緩和され、緩和されたことによって国民は弊害を蒙ってきた。我が国の場合は構造改革規制緩和含む)とグローバル化であるが、そうとは知らずに「国の借金」が原因だと思い込まされている。
 このように、資本家のあくなき欲求は労働者を低賃金化することで満たされて行き、ただただ彼らを膨張させていく次第。グローバル市場の行きつく先は、国家の破壊なのだ。見てくれは日本国だが、中身は混迷する秩序によって動く人々のいる国という具合である。
 こうなると、人々の良識、文化や慣習で培ってきた常識というものが見えてこなくなるのだ。これは進歩というより退化である。国家の歯車が狂い続けるのは、人々が迷子になっているからに他ならず、これは明治維新以降の我が国の現象なのだ。肝心なところで目を背け、これからはナントカだーっ!とリセットしてなかったことにする。そうなると地に足が着かなくなり、いつも砂の上に楼閣を築くことばかりでやった気になる。人も国家も育たないのだ。
 国家に展望があればこうはならない。行き当たりばったりではダメだ。

 

 

ツェリ子様
移民問題まとめ