「経世済民」同好会  -HatenaBlog支部-

経済とはそもそも略語であり正しくは「経世済民」と言います。それは「世よを經をさめ、民たみを濟すくふ」つまり、民を救うことが含まれます。「経済」とは私たちが救われてこそなのです。 経済成長のために私たちが犠牲を払うことはないのです。そんなことを様々な角度から訴えていこうという有志による同好会です。記事は複数人がそれぞれ好きなように書くスタイルです。

経済同好会新聞 第335号 「見える没落 車で例える国家」

見える没落 車で例える国家

見える没落 車で例える国家

見える没落 車で例える国家

ハンドルを握るのは我々有権者

 前号は経済の自動安定化装置について車に例えた記事であったが、今号は国家について車で例えてみよう。我が国には各政党が存在し、政権を担うのは与党だ。車のハンドルを握るのは内閣という具合だ。 ハンドルさばき次第では、事故が起きたり、崖に向かってまっしぐらということもありえる。この数十年の経済停滞や、貧困・格差拡大、科学等の各方面の凋落ぶりを見れば、あながち的外れではないだろう。消費税5%時には自殺者を多く出し、自己責任の強い風潮である我が国おいてはさもありなんだ。これはまるで、ハンドルを握る者がチンパンジーの如き。有権者である国民はこの状況をなんとかせねばならない。フランスの第十八代大統領シャルル・ド・ゴールはこう述べている。

 

 政治とはあまりにも重大な事柄であるため、政治家に任せておくことはできない。

 

 車にはカーナビをつける人も多いが、これは政策に例えることが出来る。内閣はハンドルを握りながら政策を進めていくが、この政策立案というカーナビシステムが「パソナ」や「政策工房」だとしたらいかがだろうか。目的地のゴールがいつも行き止まりとするのは言い過ぎであろうか。否、経済の停滞を招いているため、これも的外れではないだろう。派遣企業であるパソナがエンジンオイルやガソリン補給を請け負っていると想像すると、身の毛もよだつだろう。だが実態は、正規社員から非正規社員に付け替えることを提案してきた竹中平蔵パソナ会長のそれは、労働法改悪によるマッチポンプぶりからは同質のものではないか。身の毛もよだつとは言い過ぎではなく、既にこの理不尽は、庶民や公務員に襲い掛かったのである。

 

サスペンションの具合はいかが

 車のサスペンションは、生活保護社会福祉社会保障が機能していることに例えることが出来る。このサスペンションが機能せず悪路を走り続ける憂き目に遭った人達にとって、乗り心地は最悪に違いない。
 仮に、日本国民が優れていたとしよう。しかし、カーナビが常に目的地に到達しないポンコツであれば、優れた国民の能力も台無しである。ワーキングプアというカーナビをつけられ、更にはサスペンションも機能しないとなると、努力不足や自己責任では説明がつかないではないか。
 前号でも例えた、漏れたガソリン(お金)は、カーナビの改竄に使用されているとも言えるのである。政策が壊れているからに等しいのだ。
 「車検は国家戦略特区が承ります」と来られた日には、我が国の生々しい状況が映し出されているのではないか。車検に出すと構造を変えられ、給油ホースが外された状態で戻ってくるのだ。所得が上がらない、それどころか下がって来たではないか。
 このように例えることも出来る。新しいカーナビをサービスにつける気前の良さに感心していると、なんと提供者は国家戦略特区。品名は「パソナビ」。これは恐ろしいことだ。政策工房パソナ、国家戦略特区、全て竹中平蔵氏が関わっている。国民も心ある政治家も真剣に考えなければならない。ハンドルを握るのは、我々有権者でなければならない。

(次号へ)

 

 



 

 

経済同好会新聞 第334号 「車で知る 自動安定化装置」

車で知る 自動安定化装置

車で知る 自動安定化装置

車で知る 自動安定化装置

分配と安定を破壊する政治の愚

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 車を国家に例えると、ガソリンは通貨(お金)。エンジンは家計(給与所得者)、バッテリーは庶民の体力。サスペンションは社会福祉、ガソリン漏れは株主配当金という具合だ。国家という車を走らせるには、ガソリンという通貨をエンジン(家計)に投入しなければ動かない。しかし、構造上の不具合が起きているのが我が国。
 ガソリンがエンジンに届く前に、給油ホースが破れ大量に漏れている。 その漏れたガソリンを地面が吸収している(配当金、貯蓄)。吸収されたガソリンは、路上に消えていき、世に出てこず何もならない。少量のガソリンだけがエンジンに届き、どうにか動く。日本経済は何とか走っている状態で、どんどん必要のない電装品(税負担)が付けられる。バッテリーは電力を消耗され続け、弱り、事故が起こる。  我が国はこれら構造の不具合を理解していながらも、事故が起きているにも関わらず、あえて放置しているのだ。
 これらは上のグラフが証明している。非金融法人企業が貯蓄傾向であるところ。これは法人税減税が悪さしていることを意味する。労働者への分配を妨げているのだ。その反対で株主への配当が飛躍的に増えてきた。お金というガソリンが国民全体に行き届かせるには、しっかり分配される構造になっているかをチェックしておかなければならないのだ。ガソリン漏れを防ぐには、法人税増税が肝要なのである。

 

 



経済同好会新聞 第333号 「本末転倒な日本の政治」

本末転倒な日本の政治

本末転倒な日本の政治

本末転倒な日本の政治

国民・国家は財政規律に負けた

 地方の衰退、出生数は戦後最悪、科学や教育の凋落等、我が国の劣化ぶりが激しい。日本の子供は7人に1人が貧困、それはそのまま親の所得の低さ故だ。国家に血が流れているとするならば、財政規律という財政赤字の数字を並べ立て、血の通わない政策をやめようとしない。この政策とは、資本家優遇である。消費税増税は消費を抑制し、法人税減税は労働者への分配が適切になされなくなる。その一方である大企業が利益を生み出しているということは、非正規雇用でコスト削減しているからである。株主配当が増えるのも、これがあるからだ。このような血の通わない経営がなされるのも、政策立案者やそれを決定する政治家に血が通っていないからである。
 国家に血を通わせる場合は、前述したことを修正すればいい。消費税は廃止、法人税増税するのだ。労働法も昭和時代に戻すことも考えなければならない。労働者から中抜きする派遣企業の存在は、それだけ労働者の所得が減るということであり、このような「人の所得を掠める取る仕事」は異常だ。労働対価はきちんと支払われるべきだ。つまり、政府の赤字は国民・国家のために支出されるべきであり、「一部の者のみ潤う」政策は国家観・人間観共に欠如しており恥ずべき行為である。財政規律だなんだと言いながら、血の通わない政策しか出来ない政治家は害悪でしかない。

 

子供を育てるように、国家を育てる

 子供を育てるには、厳し過ぎても甘やかし過ぎてもいけない。これは状況に応じて「ええ塩梅」というものがあることを意味する。褒めるところは褒め、ダメなことには正しく叱る。愛情の注ぎ方にも要が必要だ。親が子供に論理の欠片もない感情を振りかざした怒りをぶつけたり、子供に教えたことを親が守らない二重基準は子供にとって理不尽だ。
 さて、我が国の政府は低所得層に厳しく、高所得層には甘い。これは国民にとって応能負担の観点からも理不尽であり、地方の衰退と貧困・格差拡大がその証左だ。財政規律重視、資本家優遇が国家に理不尽を与えている元凶である。かつて、イギリスの哲学者ジェレミ・ベンサムはこのように述べている。

 

 あらゆる政治社会における統治の正当な目的は、社会を構成するすべての個人の最大幸福、換言すれば、最大多数の最大幸福である。

 

 国民に何もかも至れり尽くせりしろと言っているのではない。政治は国民の「最大多数の最大幸福」になるよう、誘導していくことが重要なのである。全国民に教育を受けられる土台、各種インフラを将来世代に渡って永続的に享受できる土台安全や健康でいられる土台等、政治家は財政規律よりも最重視しなければならない「基本」はたくさんあるのだ。したがって、財政赤字をいかに減らすかという議論ではなく、「土台」を育む視点を養うことが重要だ。
 財政規律は未来の展望を曇らせ、常に目先の政策しか描けない。政府がそうであるなら、民間企業もそうなっている。加えて、常に何か起こってから対処する後手後手に回ることばかりだ。これでは子供も国家も育つわけがなかろう。かつてレオナルド・ダ・ビンチはこう述べている。

 

 若き日に得た学びは、老年の悪徳を阻 むのである

 

 

 


経済同好会新聞 第332号 「前提の誤りは結論も誤る」

前提の誤りは結論も誤る

前提の誤りは結論も誤る

前提の誤りは結論も誤る

年金問題は解消できるのか

 麻生元財務大臣の「二千万円問題」は、高齢者を焚きつける形となったことは論をまたない。年金問題の根本とは、偽りの財源不足からだ。管理通貨制度は税を財源としないことは、これまで口酸っぱく述べてきたが、日本の衰退や政治における対応の緩慢さは、全て財源論に尽きると言えよう。
 定年退職後に受け取る年金は、我が国は管理通貨制度であるため問題にはならない。むしろ、支給された年金を高齢者が使うことで経済に良い影響を与える。現在のような税を財源とする前提は、何が何でも税金を回収しようとする力が働くため、社会福祉を受けるはずの高齢者からも、税金を徴収する大きな矛盾を抱える。お小遣いで物を買う小さな子供達や、生活苦や将来不安を抱える低賃金労働者にも容赦なく消費税がのしかかっている。つまり、税財源を起点にしている以上、社会保障や福祉政策は永久に良くならないだろう。この数十年の失われた日本は、全て税を財源にした思考がそうさせてきたのだから。その上であれこれ思い巡らせようと何をしようとも、泥沼にはまったように抜け出せない。前提の誤りは、過程も結論も間違えるのである。

 

税財源論は利用されている

 年金受け取り世代にしろ健康保険や年金保険料を支払う世代にしろ、我が国は大きな間違いをしている。なぜか。消費税の逆進性もさることながら、健康・年金保険料の逆進性もかなりのものだからだ。常に弱者の負担が重くなる我が国の社会保険制度は、福祉の概念とは真逆を行く。この上で増税論が出る我が国は異常を極めている。  子供の貧困は親が貧困であるためであるが、ワーキングプアは非正規雇用者であることが多い。低賃金で雇用したい大企業は、派遣会社があるとそれが満たされる。つまり、経済が停滞あるいは不況時の方が派遣会社は儲かるのだ。  一方で経済が右肩上がりに軌道に乗り始めると、企業は社員の流出を望まないため、正規で雇用するところがほとんどだろう。かつての日本だ。
 不景気時に派遣企業が儲かるということは、日本を不景気にさせておくことが合理的だろう。我が国はこの数十年もの長きにわたり、驚くほど景気回復がなされていない。原因は少子高齢化ではなく、消費税増税法人税減税やプライマリーバランス黒字化目標による緊縮財政だ。ここに労働法改悪が乗っかる。これらは貧困を生み、格差拡大になってしまう構造なのだ。したがって、経済の回復は見込めないのである。
 これらを全て是正しなければ、どのような政策も絵に描いた餅になってしまう。政治腐敗によって、中抜きが常態化しているところも不公正の極みだ。自公明与党の舌先三寸、国民のことを考えていないことが透けて見えているではないか。
 このような理不尽は、全て税財源論から発生している。この理不尽の反対側で資本家が潤っていることを考えれば、自公明政権の方針は、経済を停滞させたままにしておくことを容認していることは明白だ。なぜなら、安全保障や社会福祉を蔑にしたままであること、何より、経済が数十年単位で停滞していることが証明している。
 一部の人間が潤い、高齢者が働きに出るまでに落ちぶれた我が国。政治家は何をしている。君たちはほっかむりする気か。

 

 

ツェリ子様
政商一覧


進撃の庶民 暗黒時代の幕開け、バブル崩壊と融資の停滞、内部留保の 蓄積

経済同好会新聞 第331号 「福祉政策は持続可能だ」

福祉政策は持続可能だ

福祉政策は持続可能だ

福祉政策は持続可能だ

管理通貨制度における社会保障

 バブル崩壊以降、我が国では「改革」が横行している。あたかも、改革が自明に正しいとされる風潮だ。つまり、国民側からすれば改革と聞くと即座に「なにか良い事をしてくれそうだ」と反応する次第。
 彼ら改革派の言う、公的給付制度(社会保障医療保険等)が膨大になるため、遅かれ早かれ制度が破綻するという話は、実は我が国には全く当てはまらない。なぜならば、我が国は管理通貨制度だからだ。であれば、高齢者から「介護保険料」を徴収する必要もない。そもそも、高齢者は介護を受ける可能性が高い層であり、彼らから徴収することは本末転倒、支離滅裂、何をかいわんやである。
 管理通貨制度である我が国は税を財源にすることなく、政府が支出すれば済むのだ。勘違いしてしまうのは、財源が税金で賄われていると錯覚していること。これは金本位制時代の考え方であり、現在は管理通貨制度に移行されている。「財源が枯渇する」という概念はないのである。したがって、国民生活や経済全体のバランスを優先することがで、財政を優先させる必要はない。
 本来であれば、政治は国家を維持すること、即ち、供給力を安定的に提供することが出来るように取り計らっていくことだ。安全保障に然り。ところが、財政という価値観に重きを置くようになってしまってからは、被災者、弱者や高齢者から税負担をさせる大きな自己矛盾に陥っている。「改革」がもたらした禍根は、このように国家を蝕んでいるのである。


根本を見よ

 公共投資が削減されてきた我が国おいて、更に頭を悩ますのは福祉制度。本来、管理通貨制度においてこれらは両立されるものであり、「削減の対象」ではない。これらを削減することは、国家の弱体化・経済のバランスを崩すものとなる。公務員の非正規化に然りだ。もう忘れたわけではあるまいこのコロナ禍において大阪の後手後手ぶりは、身を切る改革による大きな弊害だ。公務員の非正規化や削減は、ことある毎にこのようなことが起きると心得るべきなのだ。彼らのような改革派こそが、「福祉の持続性」を妨げているのである。即ち、管理通貨制度を殺すことをやってのけているのだ。ドイツの哲学者ニーチェ曰く、

 

 樹木にとって何が一番大切かと問うたら、それは果実だと誰もが答えるだろう。しかし、実際には種なのだ。

 

 科学では基礎研究、経済では貨幣(お金)が種である。これらは人々の生活に利便性と安定性をもたらす。この根本にある種を蔑にし、上辺だけの果実が大事だと世論誘導してきたのが、これまでの改革者達だ。果実になるまでの過程を描けない人間が、改革だ!身を切る改革だ!等と叫んでおり、根本を蔑にする彼らは、全て紛い物である。なぜか。経済の調整弁である自動安定装置が働く、累進課税がきちんとなされているかどうかが極めて重要だからだ。明日は我が身、病気や事故でいつ弱者になるか分からない。年を取ることも免れない。弱者から負担を求めず、所得が高い者に負担を求める累進課税が肝要なのだ。この根本がなっていないのである。

 

 



経済同好会新聞 第330号 「黒字と赤字の関係」

黒字と赤字の関係

黒字と赤字の関係

黒字と赤字の関係

不況時に減税するわけとは

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 前々号、前号に引き続き、ゴドリーのモデルをおさらいしてみよう。

 

 政府が財政赤字(黒字)となる時、民間部門と海外部門の収支の合算は必ず黒字(赤字)になる。

 

 これは上記の図「三部門の会計等式」の通りだ。政府、民間部門と海外部門のそれぞれの収支を足すと必ず0になる。この三部門は全て黒字にはならないことを示しており、その逆の全て赤字にもならない。どこかが黒字であれば、必ずどこかが赤字なのだ。その逆も然りであり、故に等式として成立している。これは好景気であろうと不景気であろうと、上図の三部門は足すと必ず0になるのだ。
 上図の三部門の間で、お金は黒字と赤字が移動しており、例えば、政府が予算を執行し支出すれば、政府は赤字になるが、民間部門は政府が支出した分、黒字になる。逆に、政府が民間部門から税金を徴収すると、政府は徴収した分は黒字になり、民間部門は赤字になる。民間部門に限った話をすれば、あなたがコンビニでジュースや弁当を買うと、あなたの財布はその分は赤字になるが、コンビニは黒字になる。したがって、民間部門では常にお金は循環する。一方で政府は税金を回収すれば、民間部門のお金は政府に移動するため、民間部門で循環していたお金が減る。つまり、不景気の際は民間部門でお金を循環させておく必要があるため、減税措置や免税をするのだ。我が国は有事であってもこれら措置をしておらず、経済音痴ぶりを発揮している。経済音痴は簡単に人を路頭に迷わせ、我が国はこの数十年でそれを証明してきた。

 経済の停滞や不況時には、政府が赤字であることが好ましい。これまで説明した通り、政府の赤字は民間部門の黒字になるためだ。財政出動と減税措置で民間部門を下支えするのである。
 我が国は管理通貨制度。上図の等式からは、政府が赤字になることは怖いことではない。むしろ、経済全体のバランスを取るためには、政府は赤字を惜しんではならないのである。

 

 



経済同好会新聞 第329号 「財政より経済を見よ」

財政より経済を見よ

財政より経済を見よ

財政より経済を見よ

バランスは財政、否、経済だ

 少し思考してみよう。日本に住まう人々が経済的に困っていない、そこそこ経済成長しているとする。これは経済全体のバランスが取れた状態だが、一方でこれによって政府部門が赤字の場合はどうだろう。前号で述べたように、政府部門が赤字であった場合は、非政府部門は黒字だ。我々は喜ぶべきなのか、憂うべきなのか。管理通貨制度にあっては、これは喜ぶべきことだ。政府が赤字を出すことによって、我々国民の経済はバランスされているのだから。
 ところが、現在は財政のバランスを取ろうとしているため、経済全体のバランスが崩れている。これは悲劇だ。重要なのは財政ではなく、経済全体のバランスをとることである。財政を重視すれば経済は傾き、経済を重視すれば財政(政府)は赤字になる。管理通貨制度において、財政赤字は問題にならないことはこれまで述べて来た通り。したがって、見るべきは経済全体のバランスなのだ。

 

経済のバランスが崩れる時

 この数十年の日本は、消極財政(緊縮財政)により、経済のバランスを崩している。これとは別な崩れ方に、税金を全く徴収しないことが挙げられる。どうなるか。物価が上昇していくため経済が過熱、いわゆる過剰なインフレになってしまう。どちらも経済のバランスを崩すため、税金は経済の調整弁として役目を果たすために必要なのだ。特に重要なのは、経済の自動安定装置である「累進課税」で税を徴収することが大前提になる。そのような意味では、消費税は逆累進性のある税金であり、廃止すべきなのだ。経済のバランスを欠く原因となっている。この他、法人税率の引き下げは、労働者への分配に悪影響を与えるため、これも経済のバランスを欠く要因となる(当新聞第325号に関連記事)。
 このような経済のバランスを欠くことをしてしまうのは、前号で述べたゴドリーのモデルを理解していないからである。もう一度見てみよう。

 

 政府が財政赤字(黒字となる時、民間部門と海外部門の収支の合算は必ず黒字(赤字)になる。

 

 このモデルからは、消費税は民間部門からお金を回収しているため赤字だ。政府部門は黒字になる。そのため、経済は停滞してしまうのだ。こんなことを数十年もやっている。
 政府が黒字化する場合というのは、民間部門である経済が過熱している時だ。なぜならば、税収が増えるからである。しかし、これには条件がある。先述しているが、税制が「自動安定化装置」を果たしていることだ。ところが、税制が破壊された我が国で税収が増えているということは、民間部門の赤字が増えたということの証左である。加えて、格差拡大しているということは、富が偏る税制であることの証左なのだ。
 このように、「国の借金がー!」と言い、国家財政の一側面のみを見て判断することは、片手落ちである。経済のバランスを見ることが肝要なのであり、そのためには何が必要であるかの考察が欠かせないのだ。これらがなされていないため、我が国の数十年は、経済は停滞、少子化が進み地方も衰退した。我が国は管理通貨制度、財政より経済を見よ。