「経世済民」同好会  -HatenaBlog支部-

経済とはそもそも略語であり正しくは「経世済民」と言います。それは「世よを經をさめ、民たみを濟すくふ」つまり、民を救うことが含まれます。「経済」とは私たちが救われてこそなのです。 経済成長のために私たちが犠牲を払うことはないのです。そんなことを様々な角度から訴えていこうという有志による同好会です。記事は複数人がそれぞれ好きなように書くスタイルです。

経済同好会新聞 第83号 「日本復活のカギは非改革」

日本復活のカギは非改革

日本復活のカギは非改革

日本復活のカギは非改革

倒産させっぱなしの無責任政府と閣僚達

 こんな理不尽がまかり通って良いのか。安倍政権が中国主席を迎え入れるため、外部からの流入阻止が遅れ、小池東京都知事においてはオリンピック延期の宣言が遅かった。コロナ感染拡大は一国の主である安倍首相が招いたものだが、小池都知事の判断もいい加減だと明るみになった。両者共にスキャンダル持ちだが、厚顔無恥にも居座り続けている。
 休業要請はするが補償しない。遅きに失した持続化給付金も、申請したが音沙汰なく振り込まれない。止む無く店を畳む店主や自己破産する企業が続出したが、声を大にして言いたい。
 「政府は倒産した企業やお店の原状回復せよ!!そして消費税を廃止せよ!!」
 平成バブル崩壊で自己価値観が酷く傷ついた日本人。とりわけ今の中枢世代の異常なまでの自己責任論は、実は自分の至らなさを他者に転嫁したい気持ちと贖罪意識がない交ぜになっているのではないか。個人の力量不足を全体で補いカバーしてきた昭和時代を否定し、グローバル化こそが彼らにとって寄って立つための価値観になってしまったのかもしれない。当時の政府は誤った判断から、緊縮財政と構造改革という処方箋を施してしまった。二重にも三重にも間違え、これが「悪夢のような」を経て「悪夢」を生み出してしまったのだろう。

 

ボタンを掛け違えた平成

 一度突っ走ると止まらないのが日本。失敗した人間にとって構造改革はやり直す機会だと錯覚し、成果が出なければ努力しただろう。バブル期には所得が右肩上がりだった経験から、頑張ればまた同じようになると信じた人もいただろう。政府が緊縮財政を強いているとは露知らず、この頑張りがブラック企業を生み出すそもそもの要因になったのではないか。
 最初のボタンを構造改革と緊縮財政という間違った掛け方をしたため、いつまで経っても間違ったまま改善されない。「痛みを伴う」と言われれば、承認欲求から溜飲が下がったのかもしれない。そのため、むしろ、無意識に歓迎しているのかもしれないのだ。
 昔は今のような小選挙区制ではなく、地元に根差していないと選挙で当選出来なかった中選挙区制だった。どっしりと構え地元民の声に耳を傾ける。これが政治に反映されるため、地方は衰退することなく地方の事情を知る泥臭い政治家が政治をしていたことも見逃せない事実だ。
 こういった政治家が企業を守り、雇用を守ってきたのではなかったのか。 小泉政権時では「族議員」とレッテルを貼り、有能な政治家を追い出してしまった。ブラック企業は経営者の質も去ることながら、新自由主義構造改革によるところが大きいのではないか。小泉・竹中構造改革路線のツケは相当大きなものとなったが、当の本人は大学教授や政商として君臨している。色々な肩書を持つこの男を安倍首相は愛国者と言ったのだ。

 

腐敗は国民を路頭に迷わせる

 不祥事を起こしても辞職しない政治家。本来は野党の追及がなくとも、明るみになった時点で辞任なり辞職すべきだが、今の与党にこれが通用しないのだ。
 我が国は民主主義だと言うが、この不祥事を居直られて放置しておけば、同時にモラルの破壊が進行する。
 規制緩和も同様に、緩和した分は国民にしわ寄せが必ず出てくる。ボタンを掛け違えてしまったものは、外して掛け直さなければならない。改革をやめることなのだ。

 

 

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