災害 脆弱になった日本
出すべきところに出さない予算
先日起きた熱海市の土砂災害による被害。我が国は災害大国であることを認識していないのか、毎年のように起こる災害に対して無防備に過ぎるのではないか。国土を強靭化することで安全性向上に努めてきたのは我が国の先人達。現在の団塊世代も若い頃はばりばり働き、公共事業に従事していた人が今よりかなり多かったのだ。ところが、小泉政権時に公務員バッシングで公共事業を減らし、予算を減らしてきた。このツケがこの数十年で脆弱な国土にしてきたのである。
公務員自体が4割ほど非正規化しているため、サービスの質も低下しているのだ。特に大阪は派遣企業パソナとの契約がずば抜けて多く、維新の公約を書いた竹中平蔵パソナ会長との癒着がストレートに浮き彫りになっている。特別定額給付金や持続化給付金の手配が遅れたのも、公務員削減にメスを入れてきた維新政治が原因だ。ノウハウのない派遣されてくる名前だけの職員では、新入社員に一から教えるに等しい。能率も効率も相当に落ちていたのだ。
このような定着しない非正規雇用では、公務員が育たないではないか。国家観がまるでない、どころか、政策が竹中平蔵の民営化路線そのものである。これはまるで、わざわざ床下にシロアリを飼うがごとき、土台を破壊する行為なのだ。竹中氏は雇用の流動化を推奨するが、これでは人材が育たないのである。
後進国化したニッポン
インフラの経年劣化改善のためには予算をかけず、わざわざ企業を減らす中小企業再編に予算を割く自公明政権。コロナよりオリンピック利権、国民経済より財政規律。政治が国民を犠牲にすることを厭わない精神性は、教育の敗北である。戦争せずとも苛政で人がたくさん死ぬのだ。
国民を守らない、インフラの経年劣化の放置や国土を保守・管理することに予算を投じないのは、安全保障を放棄したも同然である。投資しなければならない公共事業は山積していても、自民党の国会議員が財政規律が!とワンパターンの逃げに走る始末だ。
宮城県で可決された水道民営化も、採算性が取れなくなることは分かりきっており、質を落とさず永続的に守っていかなけれならない水道を民営化するとは、価値観が大きく歪んでいる。政治家は長期スパンでも物事を考えなければ、聞こえの良い短期主義による合理性を採用してしまう愚を犯すのだ。今からでも公営化に戻すよう働きかけるべきだ。負担が出るようなことがあれば、知事には必ず責任を取らせよ。