「経世済民」同好会  -HatenaBlog支部-

経済とはそもそも略語であり正しくは「経世済民」と言います。それは「世よを經をさめ、民たみを濟すくふ」つまり、民を救うことが含まれます。「経済」とは私たちが救われてこそなのです。 経済成長のために私たちが犠牲を払うことはないのです。そんなことを様々な角度から訴えていこうという有志による同好会です。記事は複数人がそれぞれ好きなように書くスタイルです。

経済同好会新聞 第372号 「浮足立つ軽薄さ」

浮足立つ軽薄さ

浮足立つ軽薄さ

浮足立つ軽薄さ

国家・国民を毀損する者達

 冷戦以降、労働者を守るはずの連合トップがエリートぶるようになった。前号でも「エリート人」を取り上げているが、このような変節は連合にしろ民主党にしろ同様である。守るべき労働者をそっちのけで、少数者と呼ばれる人達の保護に必死になり「片手落ち」の様相だ。昔の左派は庶民の声を聞き、政治に反映させるための努力をしてきたが、現代の左派はエリートぶって経済政策は自民党と大差ない。このような現象は何も我が国にとどまらず、アメリカやイギリスでも同様である。
 大多数の庶民の声を代表して声をあげてくれる政党が左派にも右派にも極めて少数なため、政治に反映されることはないのだ。大手マスコミもグローバル化によって役に立たなくなり、その一方で庶民はインターネットを通じ、グローバル化の弊害が出ていると声を上げるようになった。これはグローバル化による理不尽に対する反動だろう。更に言えば、マスコミとネット世論を比較すると、現実からアプローチしている庶民とは相当にかい離がある。それは「切実な生活の営みの体験者」と「淡泊で宙に浮いたようなグローバリズム的」なメディアの言動では当然であろう。このように二分するのは理の当然である。

 

人間とは歴史の生き物

 我々が日本語を話し、日本語のジョークや日本的な感性がしっくりくるのは、言わずもがな日本人だからだ。外国人が日本へ観光に来るのは、違う文化を味わうためであって、これは日本人が外国へ観光に行っても同様である。相互に恩恵があるのだ。この世界が金太郎飴みたいにどこも似たような文化や景観であれば、旅行に行く動機は限られてしまうだろう。
 更に、グローバル化によって移民が押し寄せれば、その地で根付いてきた文化も希薄になるのは西洋が辿った道であり、その二の舞になることは容易に推測される。移民が文化や思想を持ち込んでくるのだ。自国の秩序が厳格であればその限りではないが、多様性とうたって可哀相だから受け入れる等とやっていれば、秩序は簡単に破壊されてしまうことは火を見るより明らかである。ただでさえ国家観が希薄になった我が国では、相当に危機的状況にあると認識せねばならない。
 自国に元々住まう人々の伝統や文化を破壊することなく、これら背景にある慣習とも言える生活様式を脅かすようなことはあ ってはならない。歴史に学ばない政治は危険だ。文久生まれの思想家・文人であった岡倉天心曰く、

 

 われわれは、われわれの歴史のなかにわれわれの未来の秘密が横たはつてゐるといふことを本能的に知る。

 

 歴史とは教科書に記されただけの遠いものではなく、厳然とした人々の営みがあり、我々は生まれてここにいるのだ。故に、人間は歴史から逃れることも出来なければ、歴史から学ぶことで教訓にすべきことを見出すのである。加えて、脈々と紡がれてきた生命、つまり、我々が生まれてここにいることを確認した時に、歴史の重みを知るだろう。
 現代のようなエリートと呼ばれる者達の軽々しさ、新自由主義的な宙に浮いたような代物は、伝統や文化の重みと比較すべくものではないが、非常に不安定だ。木々は地中に根を張るが、今のエリートはオブジェをそこに置いただけの見てくれのみ重きを置くようだ。