「経世済民」同好会  -HatenaBlog支部-

経済とはそもそも略語であり正しくは「経世済民」と言います。それは「世よを經をさめ、民たみを濟すくふ」つまり、民を救うことが含まれます。「経済」とは私たちが救われてこそなのです。 経済成長のために私たちが犠牲を払うことはないのです。そんなことを様々な角度から訴えていこうという有志による同好会です。記事は複数人がそれぞれ好きなように書くスタイルです。

経済同好会新聞 第438号 「土台を蔑にした末路」

土台を蔑にした末路

土台を蔑にした末路

土台を蔑にした末路

自ら四面楚歌に陥った日本

 不思議でならないのは、基礎として土台を安定させておくための議論をしないことだ。土台とは国民生活やそれに付随する安全や安定的な営み、これを無視した議論は常に棚から牡丹餅的、不安定で危険だ。土台を強固することはあっても、脆弱にしないことは誰でも理解するところだろう。
 例えば、国民が共有する各種インフラ。この土台作りには様々な人の手が入り完成する。維持管理も必要で、これをシステム化することでどの時代もこれが基礎となる。ただし、土台に関わる人達の継承も当然やっていかねばならない。政府が無能だったり腐敗していれば、「強者」に忖度することになり、土台が破壊されていく。システムを勝手に変更されたり、なかなか更新する費用を出さなくなったりするのだ。どこの国か?我が国である。
 常に優先されて然るべきは土台であり、ここに財政出動が永続的に行われていなければならない。教育にしろ科学にしろ同様である。地味ですぐに目に見えて成果が出なくとも、お金をかけておくことで永続化が達成される。無駄のように思えても、冗長性を存在させておくことで余裕を持って打ち込める。
 食料安全保障にしろ、国民が買い求めやすい価格を維持するために、普段からこの分野に投資しておく必要もある。目先の利益にとらわれ安全保障を蔑するのは、短期目線で無駄の削減等とやるエリートぶった素人がやることだ。土台を維持していくことは、結果として経済成長に貢献する。先に土台という基礎がなければ、我が国のように腐敗と没落をもたらすのだ。

 

諸法無我(しょほうむが)

 偽物ビジネス保守や壺カルトが自民党、とりわけ、国賊議員を生きながらえさせてきた罪は非常に重い。彼ら・彼女らは未だに悪びれず表に出て言論活動をしている。恥の概念もないのか、大きな嘘で大衆扇動に余念がない。昔であれば即刻詐欺師扱いで出る幕もなかっただろう。それだけ我が国は腐敗したのだ。
 財政規律と言いながら、特定の企業に金を流したり、株主が儲かるような構造にしている我が国。税負担も増え続け、経済も三十年近く回復できていない。自縄自縛、自ら四面楚歌に陥ったのである。記憶せよ、円安にしたければ日本経済を落とせば良いのだと。
 この世の全てものは影響し合い存在している。自分一人が独立して存在することはあり得ないのだ。まさに諸法無我。人間はおろか、動物も自然も全てつながりあっている。傲慢で強欲な者はそれを忘れ、或いは知覚できず庶民に迷惑をかけ続ける。そして、それらに対しておかしいことはおかしいと言えない人が増えてしまった結果、腐敗は腐敗を呼び、自国の没落を招いてしまった。
 諸法無我は、自分は生かされていると実感させられ、強欲さを打ち消してくれる。他人を蹴落としたり、人々を奴隷のように使役せんと欲するビジネス屋、株屋やそれに加担する有識者なる者は大切なものを見失っている。そして、カルトはその典型であり、盲目的なリーダーにより、盲目的な信者を生み出す。故に危険なのだ。何が問題かを認識できなくなるのだから、これほど恐ろしいこともない。排他的になるところも、盲目的リーダーや信者の特徴であり、一般人も盲目的になれば他人事ではない。常に顧みることと改善を怠ってはならぬ。